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【あらすじ・ネタバレ】WOWOWオリジナルドラマ「坂の途中の家」あなたは共感できるか?


(出典元:WOWOW)

昨今、核家族化が進みなおかつ仕事と育児の両立が非常に厳しくなっていますね。

昔ほど「育児は母親がするもの」といった馬鹿げた概念は主流ではなくなりつつありますが、それでも潜在的にそういった考えは根強くあります。

そしてそれは時に、悲惨な事件を引き起こしてしまうことも、よく知られます。

このような育児をし難い現代の社会問題を鋭く、そして深くえぐり取ったのが、角田光代原作「坂の途中の家」です。

今回はWOWOWで制作されたオリジナルドラマをご紹介します。

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坂の途中の家のあらすじと登場人物(キャスト)


(出典元 WOWOW)

専業主婦の里沙子(柴咲コウ)は、中古のマンションでシステム技術者の夫・陽一郎(田辺誠一)と3歳になる娘の文香との3人暮らし。

夫の両親(三石研・風吹ジュン)や、ママ友の萌ちゃんママ(酒井美紀)との関係も良好で、一見「理想的な」子育て世代の主婦です。

ある時、裁判員裁判の補充裁判員に選ばれ、戸惑いながらも裁判所に通う日々が始まりました。

その事件は、育児に疲れた母親・安藤水穂(水野美紀)が幼い我が子を風呂に落として殺害したという、ショッキングなものでした。

裁判を通じて明らかになる育児に向き合う母親に対する周囲の言動に、里沙子は同じ母親として妻として激しく動揺します。


(出典元:WOWOW)

何も語ろうとしない水穂でしたが、その水穂が子育てに翻弄される様は、まさに里沙子が経験していることそのものだったからです。

また、証人として出廷した水穂の義母(倍賞美津子)の物言いは、印象は違えどどこか里沙子の義母と通じるものがあり、さらには水穂の母親は、里沙子の母親(高畑淳子)と価値観がよく似ていました。

疲弊しながらも必死で向き合う里沙子に対し、夫の陽一郎はどこかそれをいたわるふりをしながら、「君には出来ないんだよ」などといって里沙子を貶めます。

そんな夫の言葉に振り回される里沙子は、日常の育児でことごとくミスをしてしまい、さらにはイヤイヤ期の娘・文香への虐待を疑われる羽目になり…

<予告>

ネタバレあり!ドラマ「坂の途中の家」全話の見どころ


(出典元:WOWOW)

上記の部分が序章というか、この作品の根底部分、伏線となります。

原作では他の裁判員の話は出ない代わりに、ドラマでは裁判員や裁判官の家庭や夫婦関係、子育てについても描かれます。どの夫婦も、現代社会における子育て、夫婦の問題のリアルな部分が描かれていて見ごたえがあります。

では、ドラマ「坂の途中の家」の見どころをみていきます。以下、ネタバレになりますのでご注意ください。

主人公・里沙子にみる「ひとりよがり」


(出典元:WOWOW)

里沙子は冒頭でも紹介したとおり、決して追い込まれた生活をしているわけではありません。

駅から遠くてしかもすごく長い坂道の途中にあるけれども中古のマンションを買い、夫の希望で専業主婦であるため、子育てや家事にはありったけの時間を使えます。

公園や児童館で子供と遊び、同じようなママ友ともそつなく交流して、近くに住む義両親も孫を預かってくれたり、夕飯のおかずを持たせてくれたり、どっちかというと恵まれた環境に見えます。

しかし、里沙子は心のどこかで違和感を抱いていました。優しく気遣ってくれる義両親の言葉の裏に見え隠れする、「あなたには任せておけないわ」「あなたのやり方よりこっちの方がいいのに」といった含み。

優しく育児や家事にも協力的な夫の言葉選びに感じる悪意。そして、イヤイヤ期まっさかりの娘・文香の、子供らしさのかけらもない親へのテスティング。

それらのもやもや感が、裁判員を通して触れた子供殺しの母親の姿から、現実のものとして里沙子にのしかかってくるのですが、この里沙子の育児や結婚に関する考え方が、「ひとりよがりの理想」に固執しているのだということも同時に浮かび上がらせます。


(出典元:WOWOW)

他人のねぎらいの言葉や、アドバイスを頑なに受け入れられない里沙子は、義母が持たせてくれた料理のレシピを破り捨てます。私はアクアパッツァも作ってるのよ!料理は出来ます!と言わんばかりに。

でも世の男性の多くは、素人(妻)が作るアクアパッツァよりも焼き魚定食の方が好きですし、よほど母親が料理下手でない限りは、長年食べ慣れた実家の味が好きなのはもうしようがないことです。なんてことのない、当たり前のことです。

にもかかわらず、まるで見えない敵と戦うように里沙子は抗うのです。それは自分の首を絞めるだけなのですが、そんなことに気づく余裕もありません。

最初は里沙子に同情的な見方もしましたが、そういった里沙子への違和感が、後半で「そういうことだったのか」とスッキリすることになります。

それぞれの家庭の葛藤


(出典元:WOWOW)

ドラマでは、里沙子以外の裁判員である芳賀六実(伊藤歩)、山田和貴(松澤匠)、そして裁判官の松下朝子(桜井ユキ)の家庭にも焦点があてられます。

子供に恵まれない六実は、平静を装ってはいるものの、内心では子供が欲しくてたまりません。職場では子供のいる社員に対して理解のある上司を演じますが、自分に子供がいないというコンプレックスを「落ち度のある」母親にぶつけ始めるのです。

エスカレートした六実は、公園で見かける放置子を家に連れ込む事態に発展してしまいます。


(出典元:WOWOW)

山田は資産家の娘と結婚しましたが、自分の給料では妻が不満に思っていることを知っています。妻はあからさまにそれを夫にぶつけるため、嫌気がさした山田は会社の同僚と不倫関係になってしまいます。妻と向き合うことから逃げ続けた結果、妻の嘘に気づけません。

裁判官で多忙を極める朝子は、システムエンジニアの夫との間で「家事、育児分担の約束事」をしたうえで子供を産みました。

しかしふたを開けてみれば夫も自分も多忙で、子育てはまったくうまくいきません。職場の環境がそうさせるのか、夫は母親である朝子に負担を強います。

イラつく朝子は、つい、職場で裁判長・青沼に愚痴をこぼしますが、青沼には冷静かつ、正論を返され黙ってしまいます。


(出典元:WOWOW)

このように、夫婦の問題、経済的な問題、子育ての負担など原作では里沙子の家庭を通して描かれた場面が、3人の家庭を通して描かれます。

こうすることで、より多くの問題を描けるだけでなく、「どこにでもなにかしら問題はあるのだ」ということがわかります。

そしてこの、誰にでも、どこにでも起こり得る問題なのだという視点が、この作品のかなめの部分になってします。

自己投影の危うさ


(出典元:WOWOW)

この作品では、里沙子と水穂という二人の母親のそれぞれのストーリーが語られます。

里沙子は一見何不自由ない結婚生活と子育て、一方の水穂は、子育てと義実家との関係に悩み、経済的な問題もあったと裁判で明かされます。

対極のような二人に見えて、里沙子は気が気ではありませんでした。水穂がしてきたこと、されてきたことは、なにもかもが自分自身にも身に覚えのあることだったからです。

水穂のことを話しているのに、里沙子は日に日に自分自身のことを思い浮かべるようになっていき、時には裁判員同士での話し合いの場で周囲がドン引きするほど感情的になってしまう場面も。

この作品では、他人に共感してもらうことの重要さ、がポイントでもあるわけですが、同時に、自己投影の危うさもクローズアップしています。


(出典元:WOWOW)

同じような境遇の人に殊更に肩入れしたり、同情するのは多くの場合非常に危険なことが多いようです。

自分を見失ってしまうことにつながるからですね。

この作品の場合、子育てや夫婦関係などそれこそどこにでもある問題が引き起こした最悪の結末を取り上げているため、誰の身にも起こり得ること=結末も同じになるのでは?という言い知れぬ不安を、里沙子だけでなく見る者にも抱かせます。

自分はどうだろう、見ている人は少なからずこう思う人もいることでしょう。

あなたは大丈夫?モラルハラスメントと共依存


(出典元:WOWOW)

里沙子と水穂の人生がメインですが、もうひとつ、大きな軸があります。

それは里沙子の夫・陽一郎の「悪意」です。

裁判員に選ばれた里沙子に対し、無理するなよ、と言いながらも理解を示していた夫は、その言葉を信じて頑張る里沙子が愚痴を言うと途端に、「だから君には無理なんだよ」とそれみたことか、という態度をとります。

里沙子の話に耳を傾けない代わりに、どんどん先回りして里沙子がおかしいということを周囲に触れて回ります。それは一見、理解のある妻を思いやる夫に見せかけていますが、実際は里沙子の逃げ場所を片っ端から奪っていくための行動でした。

案の定、ちょっとのすれ違いやタイミングの悪さを、すべて里沙子の問題であるという風に周囲は捉えてしまいます。遊んでいて出来た痣を、大げさに「これどうしたの!」と騒ぎ立てたり、時には虐待という強い言葉をあえて突き付けて、里沙子が反論すればするほど「余計におかしいと思われるよ」と冷静に言う夫…。

挙句、里沙子をだまして精神科を受診させようとまでします。診断内容はどうでもよく、精神科を受診させることが目的でした。


(出典元:WOWOW)

また、ドラマの中ではさらっと流されたシーンですが、里沙子がぐずる文香を連れて自宅までの長い坂を上るシーンがありました。

買い物袋を持っていて抱っこなどできない状況だったため、抱っこをせがむ文香に対しあえて突き放し、少し先の電柱に隠れてそっと様子をうかがうという、どこの親でもやるようなことを里沙子がしたとき、ものすごいタイミングで夫がその場に現れるんですね。

父親を見つけた文香は甘えて大げさに泣きわめきます。陽一郎も驚いた様子で文香を抱き、里沙子をなにやってんの!と咎めます。何もわからずその場面に出くわしたら誰でも驚きますよね。

ドラマではこのままで里沙子が必死に弁解して終わったのですが、原作では、実はこの陽一郎はこの時はるか手前からふたりを「見張って」いたのです。

そして、里沙子の意図を知りながら、わざとそのタイミングで出て行って「虐待してるの?」と里沙子を咎めたわけです。

この陽一郎の行動は理解しがたいと思う人がほとんどだと思いますが、この「潜在的な、かつ、確信的な悪意」をモラルハラスメントと言います。


(出典元:WOWOW)

里沙子はずっとその陽一郎の悪意に困惑してきました。水穂の裁判でも、水穂に対する夫の悪意に対し、他の裁判員たちは「妻に意地悪する意味が解らない、よほど妻に問題がない限り」と言います。

このモラルハラスメントが周囲に理解されない要因として、モラハラをする人間は周囲の人には「善人」であることがほとんどだからです。ターゲット以外の人間に対しては、殊更に優しくいい人を装うのもモラハラをする人間の特徴です。

陽一郎も同じく、里沙子のママ友にまで先回りで電話して、さも妻を心配する優しい夫と印象付けることに成功しました。

モラハラをする人は、ターゲットを虐げ、貶め、「無力な人間」と思い込ませることで満足しますが、中には愛情表現としてこの手段を用いる人もいる。このドラマではまさに後者の、はき違えた愛情からのモラルハラスメントを見事に描いているといえます。

母娘の歪な関係


(出典元:WOWOW)

もう一つ、里沙子と水穂のそれぞれの母親との関係も背筋が凍るような関係でした。

幼いころから母親の価値観を植え付けられ成長した二人。当然大人になって自分の意思をもっても、母親はそれを喜ばず事あるごとに否定します。

タイトルでもある「坂の途中の家」は、里沙子の暮らすマンションのことですが、それについても里沙子は全く不満に思わないにもかかわらず、母親は「こんなところにしか住めないなんてかわいそう」と言い続けるのです。

結婚も、子育ても、住む場所も生活レベルも、とにかく何もかもを否定しまくる母親。そこから逃げ出そうともがく娘。あぁ。私はよほど母親から愛されていないのだ、とずっと思いこんでいた里沙子。

最終話で里沙子はそんな母親の本心に気づきます。陽一郎と同じで、自分を否定し貶め、無力感を植え付けることで自分の腕の中から逃げられないようにしていたのです。

このような親子関係、特に母と娘の関係においては珍しくないようにも思います。非常に難しい心理ですが、ダメな人間だと思い込ませれば、いずれ自分を頼ってくる、そうすればいつまでも自分の母親としての存在意義のようなものを感じ続けられる、そういう意識があるのかもしれませんね。

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坂の途中の家の最終話!ラスト・結末


(出典元:WOWOW)

全5回の作品でしたが、ラストは非常に見ごたえがある仕上がりでした。

全編を通じてもう一人の主人公ともいうべき水穂は、ほとんどセリフがありません。あるのは、弁護士に促されて読まされる陳述程度で、自分の気持ちを態度ですら表すことはありませんでした。

裁判員たちはその水穂の態度にも疑問を感じます。開き直っているのか、はたまた、なにか理由があるのか。

里沙子は早い段階から、「話しても誰にもわかってもらえないと諦めているのでは?」と問いかけていました。

しかし、話し合いの場でも水穂や里沙子が思う自分にかかわる身近な人々の「悪意」をうまく説明できませんし、だからなおさら周りの人は理解に苦しみます。

最終話では、過去に文香に対して水穂と同じような行動に出てしまったことがあったのを思い出した里沙子が、腹を据えて自分と向き合う決意をします。


(出典元:WOWOW)

離婚を覚悟で家を出て、それでも裁判員として水穂の裁判を見届けようとする里沙子。

量刑を決める最後の話し合いの場で、里沙子はそれまでとは違ってしっかりと自分の言葉で発言しました。

それまでの里沙子は、極端に水穂に自己投影してしまって、ただの同情、感情論でしかありませんでした。

しかしその日、里沙子は水穂の境遇を心から同情するとともに、ただ一点、子供を殺したという行為には一片の同情も出来ないと断言しました。

この発言は、おそらくその場の全員が納得したと思われました。そして、その結果が執行猶予なしの実刑でした。

裁判長・青沼は、量刑の理由について、

「子供を殺害した行為は許されないが、一方で、それに至る経緯には夫や義母などの言動も関係しており、この事件は被告人のみならず関係したすべての人間で分かち合うべきだ」

と静かに話します。


(出典元:WOWOW)

それまで感情のかけらも見せなかった水穂は、その裁判長の言葉を聞いてはじめてはらはらと涙を流すのです。

それを聞きながら、里沙子はある想像をしていました。

偶然子供を通じて知り合う里沙子と水穂。子供事や夫のこと、何気ない会話や愚痴を言いあい、笑いあう二人。絶対にありえないことだけど、もしもこの事件の前にこういった出会い、会話があったならば、水穂は殺人者にならなくて済んだかもしれないし、もしかしたら水穂ではなく里沙子がその被告人席にいたかもしれない。

このシーンは、それまでのやつれにやつれた被告人・水穂の姿が強烈すぎて、「もしかしたらこういう笑いあえた未来があったのかもしれない」と想像すると非常に切ない思いでした。

里沙子は娘に対し、母親としてきちんと気持ちを伝え、最後は裁判を終えて出てきた里沙子を、文香と夫・陽一郎が迎えるシーンで終わります。

児童相談所の職員にモラハラを指摘された陽一郎は、思うところがあったのか、それまでとは違う笑顔で里沙子を迎えます。原作ではここまで陽一郎の変化はないのですが、ドラマでは希望を持たせるラストになっています。

他の裁判員らも、ぞれぞれが自分の抱える問題にきちんと向き合おうとするシーンが描かれていました。

非情に重たい話でしたので、ラストで若干救われた気持ちになるのはよかったですね。

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坂の途中の家まとめ


(出典元:WOWOW)

最近でも、三つ子の子育てに悩んだ母親が赤ちゃんを殺害するという事件があり、その母親に対して執行猶予なしの実刑が出たことで批判が起こりました。

たしかに母親のワンオペ育児は問題が多いのは間違いありませんが、子供を殺害してしまったという事実をすっ飛ばしてただただ母親の境遇に感情論で同情してしまっては、もはや法治国家とは言えません。

この「坂の途中の家」も、母親の境遇や周囲の悪意が絡んだ事件を題材にしていますが、それでもはっきりと「子供を殺したことに同情などできない」と言い切った点は賞賛に値するとすら思います。

東野圭吾原作の「さまよう刃」などは少年犯罪と死刑についての作品でありながら、その大事なところを視聴者に丸投げしてしまっており、個人的に非常に腹立たしく思ったわけですが、さすが角田光代、素晴らしいです。

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