アメリカの苦悩を描いた衝撃映画、クラッシュのネタバレと感想!
今年度のアカデミー賞ノミネート作品が発表されましたね。
毎年、その受賞者のスピーチなどにも注目が集まる一大イベントですが、直前の予想を覆す作品が受賞するなど、その結果が物議をかもすこともあります。
今回は、過去の作品賞受賞作品の中から、2004年公開作品で第78回アカデミー賞作品賞を受賞した「クラッシュ」を取り上げます。
(出典元:dTV)
私自身、深い感銘を受け、何度も見返したこの作品は、多国籍国家や人種差別、貧富の差の問題が残るアメリカの苦悩そのものを多角的にとらえた作品で、さまざまな立場の人々が織りなす群像劇です。
あらすじやネタバレも含めて、詳しく見ていきたいと思います。
目次
クラッシュのあらすじと設定
(出典元:Zacks Media 2010-2018)
舞台はアメリカ。とある交通事故を起点に、その事故発生36時間前からと事故当日の話を、全く別の場所にいた人々の視点でそれぞれのストーリーを描きます。
ストーリーのそれぞれの主人公は、ロサンゼルス市警の黒人刑事・グラハム(ドン・チードル)とその母親、白人警官・ライアン(マット・デイモン)と相棒の新人警官、地方検事とその妻、韓国系の夫婦、車強盗の黒人二人、TVディレクターの黒人男性・キャメロン(テレンス・ハワード)とその妻・クリスティン(タンディ・ニュートン)、メキシコ系の一家、ペルシャ系の一家となっています。
彼らは全く接点のない人々のように見えますが、ストーリーが進むにつれて思わぬつながりがある人たちもいますし、そのつながりに気づかないままの場合もあります。
それぞれがさまざまな差別、格差の問題を抱え、またプライベートな問題も抱えそれらが絡まりあっていくつもの小さな事件を起こしていく、という設定になっています。
<予告>
クラッシュの登場人物(キャスト)
複数の登場人物が絡み合いますので、長くなりますが主要な人物について記しておきます。
グラハムのケース
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
黒人刑事であるグラハムは、毎日起こる理不尽な事件を担当してむなしい気持ちを抱いています。
家族は弟と母親ですが、母親の面倒を見ているのは自分なのに、その母親は弟のことばかり気にかけています。
恋人はヒスパニック系の同僚刑事ですが、冒頭、追突事故を起こされ、相手のアジア人女性にこれでもかというほど罵倒されうんざりしています。そして、その現場で別の事件を発見することになります。
ライアンのケース
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
白人警官のライアンは、病気の父親の介護をしていますが、生活は非常に厳しいものでした。
そのうえ、上司は黒人、病院の責任者も黒人女性で、心の中に有色人種に対して思うところがあるライアンにとっては、不満だらけの毎日です。パートナーの新人刑事は、同じ白人ですがそんなライアンを軽蔑しており、パートナー解消を申し出ます。
ある時、巡回中に受けた盗難車に関する無線で、車種が同じというだけでキャメロン夫妻の車を停めさせたライアンは、裕福なキャメロン夫妻が白人ではないことから職務を乱用し、クリスティンにわいせつな行為をします。
車強盗の二人のケース
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
その日暮らしの二人・アンソニーとピーターは、黒人に対する偏見を妄想的に信じており、ちょっとしたことから白人の地方検事夫妻の車を強奪します。しかし、その後アジア人を轢いてしまい、思わぬ事態に巻き込まれて行きます。
地方検事夫妻のケース
地方検事のリックは、妻・ジーン(サンドラ・ブロック)と食事した後車を強奪されますが、役職上、黒人の有権者を意識しており自身の被害すらも利用しようとします。
ジーンはその強奪犯が黒人であったことから、黒人のみならずマイノリティに対する嫌悪感が募り、雇っているヒスパニック系のメイドにも辛くあたります。ある日、階段から転落したジーンは、夫や友達の誰にも助けられることがありませんでしたが・・・・
韓国系夫婦のケース
追突事故を起こした妻は、自分の非を認めようとせずにひたすら汚い言葉で相手(グラハムの恋人)を罵ります。
彼女はある事情で急いでおり、彼女の夫とは連絡が取れない状況になってしまっていました。
TVディレクター夫妻のケース
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
あらぬ疑いをかけられ、警官から屈辱的な行為を受けた妻・クリスティンは、夫が警官に抗議しなかったことを不満に思っています。夫は、ことを大きくしない方が正しいと思って抗議しなかったのです。
翌日、クリスティンは運転中に事故を起こし、車は横転。ガソリンが漏れ、引火の危険性がありましたが身動きが取れずにいました。
そこへ、危険を顧みず救助に来たのは、自身に屈辱的な振る舞いをした警官・ライアンその人だったのです。
メキシコ人一家とペルシャ系一家のケース
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
自身の外見から、それぞれがいわれのない差別を受けながら、それでも家族が力を合わせ、日々懸命に生きていました。防犯のために、ペルシャ系の父親は銃を手に入れます。
ペルシャ系一家の店が強盗に入られた際、店主は錠前を付け替えたメキシコ系の男がドアを直さなかった(言いがかりです)からだと思い込み、報復のため銃を手に彼の家へ向かいます。
メキシコ系一家には幼い娘がおり、寝物語に父親から「おまえは銃弾も跳ね返す魔法のマントを身に着けている」と聞かされていました。怒りに駆られて我を失ったペルシャ系の父親が発砲した先には、父親をかばおうと飛び出した娘がおり・・・
クラッシュの見どころと解説
いくつものケースが交錯する作品であるため、また、時間の流れも関係するので、1度見ただけでは相関図など基本的なことすら把握できないかもしれません。
見どころをいくつか取り上げながら、解説したいと思いますが「ネタバレ」を大いに含みますのでご注意ください。
テーマは「人種差別」にとどまらない
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
「人種差別」がメインテーマですが、実際にはそれだけではありません。
貧困や自身の特権意識、排他的な感情、悪いのはすべて周りであるといったもはや妄想に近い考えなど、あらゆる問題が詰まった映画です。
それらは事細かく描かれているわけではなく、時にセリフの端々に、時に映像の端々に移りこむ程度のこともあります。
これが意味するのは、この作品が決して「押し付け」ではないということの証だと思っています。
難しい問題ですし、立場が変われば考え方も簡単に変わります。そんな問題を扱う時に、「こうである」「こうあるべきだ」と作者の主義主張を前面に出してしまうと、駄作どころか大問題を引き起こしかねません。
それほどまでに、アメリカが抱える人種問題というのは、なじみのない日本人には到底想像すらできないほど、たいへん根深いものなのです。
「差別」は白人と黒人の問題だけではない
奴隷制度時代を舞台に、アカデミー賞作品賞を受賞した「それでも夜は明ける」という作品は、主に黒人に対する差別を描いた素晴らしい作品です。
これ以外にもいわゆる「白人と黒人」という構図の作品は少なくありません。
しかし「クラッシュ」は、それにとどまることなくあらゆる人種間におけるそれぞれの差別意識を取り上げています。
(出典元:Zacks Media 2010-2018)
たとえば、冒頭の追突事故のシーンではアジア系の女性が相手のことを「メキシコ女!」と罵倒しますし、外見がアラブ人に似ているというだけでビン・ラディンを揶揄するような言葉を投げかけられるペルシャ系一家の父親は、自身が差別されているにもかかわらず、錠前を直しに来たメキシコ系の男性に対し、差別意識丸出しの言動をぶつけます。
地方検事の妻に至っては、自身が黒人に強盗されたことで白人以外の人種全てに嫌悪感を持ち始めます。
日本は、基本的に日本人が多く住み、アジア系の人も言ってしまえば似たような顔つき、肌の色ですよね。特に気にしない人は多いですが、最近では日本人以外を快く思ない人も増えてきています。
人種差別はもはや黒人だけの問題ではなくなってきているのは間違いないことですね。
加害者側の視点に立ってみることの大切さ
この作品では、いわば「加害者」側の人間の視点でも描かれています。
この作品の一番の見せ場である、白人警官ライアンが黒人のクリスティンの事故に遭遇する場面は、まさに重要なシーンです。
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
ライアンは、とにかく「嫌な人間」として描かれます。有色人種に対する偏見や敵対心は、同じ白人でもドン引きするほどで、ありとあらゆる場面で有色人種に対して攻撃的で無礼な態度をやめません。
しかし…
ライアンのその言動の裏には、有色人種に対する優遇措置のおかげで職を失った父親への思いがあります。また、酷い言葉で相手を侮辱しても、そのうえでその相手に向き合おうとする様子もうかがえます。
このことから、ライアンは「根っからの人種差別主義者」ではないように感じます。やるせない不満や苛立ちが積もり積もって、自分としてはガス抜きのような軽い気持ちでしている言動に思えます。
けれど、それは相手にしてみればとんでもない侮辱であり、尊厳を傷つけられる許し難いものですよね。それをライアンはわかっていなかったと私は思うのです。
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
そして、その相手の痛みを思い知る出来事が、先に述べた「クリスティンの車の事故」の場面であると言えます。
彼女は一目で、昨晩自分を辱めた警官であることに気づき、命の危険があるにもかかわらずライアンの助けを全力で拒否します。その時、ライアンは自身が軽い気持ちでやってきたことの罪深さを思い知ったはずです。
その直後のライアンの言動は、見る者の心に強く強く残るものとなるでしょう。
繰り返しライアンがいう「Look at me」。
車が炎に包まれ、ライアンは他の警官に引っ張り出されますが、クリスティンは取り残されたまま。しかしライアンは、再び身の危険を顧みず、クリスティンの救出を試みます。昨夜、自分を辱めた警官が、今は命を捨てる覚悟で私を助けようとしている・・・・
その時の、クリスティンの驚いたような顔、そして助け出された後、
何度も振り返ってライアンを見つめる姿は、セリフこそありませんが心を揺さぶられるシーンです。
人間の心の弱さ、そして素晴らしさ
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
ライアンとクリスティンのシーンでもそうですが、人の心は一瞬の出来事だけで未来永劫決まってしまうわけではありません。
許せない、大嫌い、死ねばいいのにと一度は思った相手でも、状況が変われば、相手の態度が変わればそれはもろく消え去っていく感情でもあるのです。
地方検事の妻・ジーンは、裕福な生活を送ってはいますが夫も友達も「いるだけ」で、心の底では孤独を感じています。しかし、それを見せることもできず、メイドのヒスパニック系女性に横柄な態度をとることでなんとか均衡を保っています。ことあるごとに、年上のメイドを叱りつけ、無能呼ばわりしています。
自分が窮地に陥った時、信頼し、仲間だと思っていた人は誰一人助けてくれませんでした。でも、叱り続けたメイドだけは、彼女を見捨てなかったのです。
ただ、それが悲劇を生むケースもあります。
正しいことは、常に正しいか?結末が問いかけること
人間は完璧ではありませんし、多くはうわべを取り繕ったとしても心ではどす黒い感情が渦巻くこともあります。
この作品では、幾度か「正しいことをした」というセリフ、場面があります。
(出典元:You Tube.)
警官に抗議しなかった夫を責めるクリスティンは「あなたは正しいことをしたのよね」と言いますし、ライアンの差別的行動に我慢ならない新人警官は、「自分は差別などしない正しい人間だ」と思っています。
店をめちゃくちゃにされたペルシャ系の父親は、報復は正義だと思い込んで家族のためにまじめに働く若いメキシコ系の男を殺そうとします。
強盗を働くアンソニーは、社会的構造そのものが悪であり、自分は正しいと妄信しています。
しかし、それらは一方では正しいけれど、一方では破壊的な威力も持ち合わせているということをこの作品は教えてくれているように思います。
(出典元:Zacks Media 2010-2018)
そして、その「正しいと信じていること」を「そうでもないかもしれない」と思わせるのは、他人との感情をむき出しにしたぶつかり合い、まさにクラッシュから生まれるということなのです。
あわや殺人犯になってしまうかと思われたペルシャ系の父親は、幼い少女の「魔法のマント」で殺人犯にならずに済みます。それを機に、自分の考え方を変えようと自身の娘に誓います。実際は、その自分の娘がこっそりと弾を空砲に変えていたからだったのですが。
アンソニーは、キャメロンの車を盗むつもりが逆に救われ、「お前のしていることは人に迷惑をかけるだけでなく、自分も貶めているんだ」と諭され、それまでの行動を変えてみる気になります。結果的にその行動が、思わぬことから見つけた不法入国者に自由を与えることになります。
しかし、「自分は正しい」と信じていたライアンの元パートナーの新人警官は、黒人に対する偏見を忌み嫌いながら、結果として非武装の黒人青年を射殺してしまいます。理由は、相手がポケットに手を入れたから、銃を出すと思った、そう、彼は黒人だったから。
(出典元:Zacks Media 2010-2018)
そして物語は冒頭の交通事故現場のシーンへと戻ります。
刑事グラハムが見つけたのは、その警官が射殺した青年の遺体でした。グラハムには長く家出している弟がおり、まさにその青年は、探していた弟・ピーターだったのでした。
弟を愛する母は、弟の死をグラハムのせいだと言い、弟が自分の世話をしていたと思い込んでいました。日々、気にかけ、母親の食事準備をこっそりしていたのはグラハムだったのに。
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
それぞれが、それぞれの結末を迎えるわけですが、全てがハッピーとはいきません。
アンソニーは売り飛ばそうと思っていたバンの中に不法移民が詰め込まれていることを知り、彼らごと売り飛ばせばさらに大金が手に入る予定でしたが、彼はバンを売らず、移民たちをチャイナタウンらしき雑踏の中で解放します。少しのお金を持たせ、「ここはアメリカ、タイムイズマネーだよ」と微笑みます。
アンソニーの行動は、決して移民たちの将来を約束したわけでもないですし、むしろそのまま野垂れ死ぬ可能性もあるため良い行動とは言えませんが、アンソニー自身の人生を変えるきっかけには十分なり得た行動でした。
(出典元:© 1990-2018 IMDb.com, Inc.)
ライアンはいつものように、夜中にトイレに起きた父親を介護しています。娘が死んだと思ったメキシコ系一家の父親は、今日あった不思議な出来事に思いを馳せます。キャメロンは、心が離れかけていた妻に「愛してる」と伝え、ジーンはメイドに「あなたは親友」と伝えます。
ロサンゼルスには珍しく雪が舞います。それはまるで奇跡のようで。
街では、ライアンの父が通う病院の責任者のアフリカ人女性が、アジア系アメリカ人に追突され大声で喚き散らしています。
そこへ、白人や老人などが駆け寄り、多国籍で年齢も社会的地位も関係ない、小さなコミュニティができていました。
人は、ぶつかることで初めて人と触れ合い、何かを得ながら、また人を愛していくのでしょうね。
クラッシュを視聴できる動画配信サービス
当然ながら力作ぞろいのアカデミー賞作品賞受賞作品ですが、その中でも近年では際立った作品だと言える「クラッシュ」。
「ホテルルワンダ」のドン・チードル、「幸せの隠れ場所」のサンドラ・ブロック、「アウトサイダー」のマット・ディロンなど実力派俳優が名を連ねる中、あちこちのドラマや映画で見かける俳優が多く出演しています。
マット・ディロン演じる警官ライアンのエピソードは見た人の心に深く深く刻まれるでしょう。
現在、「クラッシュ」はU-NEXT、dTV、Huluなどで見放題配信中ですが、いずれも配信期限などがありますので注意してチェックしてみてくださいね。